2019年5月2日木曜日

日本にも渡って来た宝相華模様 正倉院 

こんにちは。令和初年度、世界が平和でありますように。

今日は日本にもある伝統柄、宝相華について書きます。

トルコを代表する16世紀のイズニックデザイン画はイラン・タブリーズの陶工から取り入れ、宮殿のデザイン係りにより開発されました。
その中でも多くは中国の唐草模様からも取り入れました。

その中国の唐草模様は遥か昔、唐(7-10世紀)の時代から盛んに生産されました。唐草模様、絵付けが盛んになった唐時代は世界を旋風します。それ以前は黒陶、青磁、鉛釉、そして技術の向上した黄釉・緑釉のかかった白磁が開発、生産されていました。

その唐草模様は大陸のウイグルから来ています。てっきり中東模様と思っていましたが、ウイグルからはTezhipやminiatureも中東文化へ継承されています。シルクロードとは、名の通り中国大陸と中東を結ぶ文化道です。

その華やかな文化は7世紀日本にも受け継がれました。聖武天皇ゆかりの品々です。
宝相華模様として有名な正倉院に保管されている国宝の数々です。

その中でも、まずはこちらをご覧ください。
兵庫県立考古博物館貯蔵 

こちらは、その唐時代全盛期に遣唐使により日本に渡りました「金粒珠玉象嵌宝相華紋六稜鏡」です。見事に中東文化を思わせるデザイン装飾ですが、実はウイグル経由の中国大陸から伝わっています。この六稜というシンメトリックにもジオメトリックにもなるデザインを使用しているところは現代の中東文化の原点を見ているようです。

中東が先かウイグルが先かという点では、シュメール文明にシンメトリックデザインは存在していたようですので、中東が先ですね。この辺りは勉強不足です。

宝相華デザイン 正倉院

金銀鍍宝相華文透彫華籠(京都国立博物館:国宝)

こちらは完全に唐草模様ですね。豪華な仕上がりです。
デザインは着物にも反映されたのは当然の流れですね。



正倉院文様 (詳しく説明されている元情報先はこちらですhttps://www.e-kotto.com/topics/2015061029e-kotto-new.html


なるほど、天平文化は正にシルクロード文化の日本開花だったのですね。
今更ながら、こちらトルコに来てから日本史を観て知りました。聖徳太子の服装や様相はウイグルのテングリ族と言われる民族にそっくりです。

正倉院デザインを元にファブリックデザインを起こしている企業より

左端「菱型花卉」はスルタンのお墓に使用されているデザインに似ていますね。


という訳で、私も宝相華デザインにチャレンジ!

自己満足100点!  宝相華デザインは約1400年前に日本へ来ていたんですね!
素晴らしいデザインは生き続けるのですね

確かに着物はいつの時代もファッション界にインスピレーションを与え続けて来られたのも、絶えることなく1400年以上デザインを改革し続けた日本の職人芸によるものです。
着物には幾何学模様、花、鳥、唐草、宝相華、沢山モチーフがあります。これは日本の財産です。



改めてシルクロードと海を越え日本との文化の繋がりに深く感銘を覚えました。









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